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日本で「環境首都コンテスト」をはじめるまで
〜 環境首都コンテスト全国ネットワークの結成を通して
環境首都を日本でも
環境首都という言葉を知ったのは、環境市民が発足してすぐの1992年ごろ。フライブルク市がドイツの環境首都に選ばれたという情報でした。いまや日本で最も有名なエコシティーであるフライブルク市も当時はあまり知られていませんでした。また環境首都とはいったいどうやって選ばれたのであろうということもわかりませんでした。ただその「環境首都」という言葉に強く惹かれるものがありました。94年春にそのフライブルクなどを訪れて環境をコンセプトにしたまちづくりが如何に具体化しているかを実際に目にし、日本でもこういう街が創れたら、と痛切に感じました。さらに環境首都は、NGOが主催するコンテストによって選出されるのだということを知 り、日本でもやりたいという、途方もないことを考えました。
しかし冷静に考えれば、環境市民にまだそのようなコンテストを主催する力はない、また日本の自治体の環境ヘの取組みもそんなにすすんでいるとはいえない。もう少し時期を待って、実現させるべきであろうと思いました。そして1996年に環境市民内にエコシティー研究会を立ち上げ、その具体化を開始しました。
(主幹事団体 環境市民 代表理事 すぎ本 育生)
環境首都とは? ─ 調査とセミナーを重ねて
ドイツの環境首都コンテストを主催した『ドイツ環境支援協会(Deutsche Umwelthilfe e.V.)』にコンタクトをとり、その資料の入手と研究、日本でのコンテストに求められる項目の検討、さらにはドイツの環境首都になったハイデルベルク、エッカーンフェルデ、ハムの訪問調査、オランダ、スウェーデンのエコシティーの取り組みの調査などを実施しました。
全国ネットワークの結成と質問の作成
全国を対象に社会的影響力のある環境首都コンテストを実施するため、2000年には各地で活発に活動しているNGOにより「環境首都コンテスト全国ネットワーク」(現在12団体)が結成されました。
本コンテストが、単に自治体の環境問題への取り組み状況の順位付けを目的としたものに終わるのではなく、私たちが掲げた目的を達成するために効果を上げられるようにするには、コンテストの質問内容と、その配点が重要な意味をもつことになります。そのため、質問内容をどのように設定するのか、どのような質問が適切といえるのか、それぞれの質問に対する自治体の取り組みをどのように評価するのか、が大きな課題でした。
質問が適切さを欠いていれば、自治体に誤解を与えることにもなりかねず、私たちが目指している持続可能な地域づくりにかえってマイナスになってしまうことも予想されます。また、今日のように多様な環境問題が顕在化してきますと、それぞれの環境問題に同時に取り組むことが困難な場合、どれから対応するのかという優先順位などとも関わることになります。
この困難な課題を克服するため、今回のコンテスト実施に向け、主幹事団体である環境市民では、ドイツ、北欧および国内の先進自治体の調査を5年間続けました。そしてネットワークとして私たちは2年間具体的な準備作業を行いました。1年目には、質問内容を設定するために、ドイツの環境首都コンテストから多くのことを学びました。ドイツからコンテストを主催したNGOの担当コーディネーターと98、99年の環境首都を獲得したハム市の環境担当者を招き、国内数か所でセミナーを開催。コンテスト実施の目的や成果、自治体の対応や取り組みのプロセス、住民の反応など興味深い講演をいただき、コンテストの内容と実施の意義を確認しました。その後、わが国の実情に合わせた調査内容の検討を開始し、議論を深め、メンバーそれぞれが得意分野での質問案の作成に取り掛かりました。
そして、2001年春には質問を一定集約し、プレコンテストとして全国45の自治体の協力をいただき、具体的な調査を実施しました。これらの予備調査の結果をもとに、2001年夏からより効果的な内容の質問に改善するための協議を続け、質問項目を設定、ついに第1回コンテストを実施することができました。
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